スペシャルインタビュー 横山茂さん VOL.2
ロケテストの苦労
- ― 期限的に出さなきゃいけないとか、時間的な苦労はなかったのですか?
- 横山 ぶっちゃけ我々も会社の売り上げとか利益とか全く興味が無かったので、見向きもしない。納期なんて我々が勝手に決める感じなのね(笑)。
いよいよできてきて、いつ売ろうって。部材の手配とかもあるので、それでやっと納期が決まるみたいな感じだったので、ある意味楽っちゃ楽でした。
- ― 「パックマン」の岩谷さん(※注21)が以前言われていたのですが、当時は納期が今みたいに厳しくないから、調整にいくらでも時間を掛けることを許されていたと。だから「ギャラガ」みたいな名作が生まれたんだって。
- 横山 ある意味、中村さんが大らかだったのもあるかもしれないけど、その前に「ギャラクシアン」、「パックマン」を出して会社に余裕があったっていうのもあるかもしれない(笑)
- ― 作っている過程で、やっぱり手応えみたいなものはあったのでしょうか?
- 横山 やっぱり社内評価の時ですよね。
一通り組み上がった時にみんなにやってもらった時に見て、みんなが面白そうにやってくれているのでね。女性とかも結構最初からやってくれていたので、これは大丈夫かなっていう風に思ったんですよ。
- ― いいですね。確信を持って世に送り出されているという訳ですね。
- 横山 でもね、ロケテスト(※注22)でインカムが悪かった時は結構ドキッとした。
通常、プレイ時間が、当時のビデオゲームだと3分とかなんだけど、平均で7、8分あったんですよ。だから、インカム(※注23)が上がらない。それで、ブツブツと言われたんだけど、長く遊べるし、インカム下がらないと思うので、このままでいかせてくれと言ったんです。
ただ、やっぱりね、買っていただくオペレーター(※注24)の方からしてみると初期インカムの高い方がすぐ元取れるんで、そういう事情もあると思うので、最終的な生産数は営業の方で決めましたけど。
- ― 実際にインカムは下がらずにロングヒットになったわけですね。
- 横山 あと、もう1つ自信持っていたのがね、岩谷さんはこのラインとは違っていたんだけど、岩谷さんに遊んでもらった時に、「すごく細かく考えられている」と。
ゲームのバランス、チャレンジングステージの構成、それから面をクリアすると旗が出て、あそこに音楽担当が効果音を付けてくれたんだけど、そういうものが凄くモチベーションアップになる。
「そういうところ全部細かく作ってあるから、これは飽きないゲームになっていると思うよ」って言ってくれたのを覚えています。
インストラクションカードに込めた思い
- 横山 (インストラクションカードのアオリ文句を指して)ここを決めるのにえらいモメた。ここをアピールするんだって。
- ― 「マル秘攻撃法」ってところですね。文章を決めるのに苦労したということですか?
- 横山 そう。デザインは当時、グラフィックデザイナーがいたけど文章を考えるのは企画の仕事だったんで。
- ― 最初に書かれていることが、ゲームの遊び方ではないんですよね。
- 横山 初めは、レバーを動かすとかボタンで弾を撃つとか書いたんだけど、それじゃ面白くないって。
これ(デュアルファイター)が一番ウリなんだから、これをアピールしろって。
- ― ギャラクシアンもあって当時の人は基本的なルールはわかってるので、これで正解だったんですね。
- 横山 ここのコピーには中村さんがこだわっていて、社長室に持っていっちゃダメ、持っていっちゃダメで、最後はその場で作業しろって(笑)
- ― 中村社長は、当時ゲームのロゴなど細かい所までこだわっていたという話を聞きましたが、その様子がよくわかる話ですね。
- 横山 あと、初めてのロケテストは西荻窪の駅前にあったゲームセンターでやったんだけど、見てたら誰もデュアルファイターにならないんですよ。
- ― あー。最初はそうかもしれませんね。
- 横山 避けちゃうだけなんですよ。確かに一緒にインストカードは付いてるんだけど。教えるわけにもいかないじゃないですか(笑)
- ― 開発者がそばで見ているのに(笑)
ナムコらしさとは?
- ― アイデアを考える時っていうのは、時間を掛けられるんですか?
- 横山 私は徹底的に考えますね。会社では考えないですよ。家とか、会社出た後に。
- ― 会社ではひたすら実際に動かしていたり?
- 横山 うん。データを作ったり、紙に書いたり。岩谷さんは頭がキレる方なんだけど、私はどっちかというとどんくさい方なんで、いっぱい考えて、バーッと書き出して、どうしよどうしよって組み立てていく方なので、結論出すまではわりと時間掛かる。だから、会社ではやらないですよ。
- ― それだけ頭で想像されているわけですね。逆にちょっと考えて動かして失敗してみたいなところはないと。
- 横山 当時のゲームなので1人で全部自分の手に負える範囲だから。今のゲームはそういうわけじゃないからねー(笑)。そういう意味では恵まれたましたよね。
- ― 横山さん自身が当時よく遊んだゲームはどんなものですか?
- 横山 最初は中学、高校とボウリングやっていたので、待ち時間とかに今で言うピンボールをずっと遊んでました。テレビゲームはあまり無かったので。
- ― 昔は、ボウリング場にセットでピンボールが置かれていましたね。
- 横山 「ブレイクアウト」が出て、ビデオゲーム始めたけど、やっぱり本当にハマったのは「インベーダー」。
- ― 「ギャラクシアン」と同時期に他社からもシューティングゲームが出ていましたが、参考にしたり影響された部分はないですか?
- 横山 アタリ(※注25)のゲームは参考にしました。
だけど、国内の生産メーカーのゲームはほとんど参考にしてないです。多分それはね、当時のメンバーみんなそうだった。チェックはするけど参考にはしないですよ。
- ― 当時のナムコは、私たちにとっては抜きん出た存在だったのですけども、社内的にゲームの面白さであるとかクオリティみたいなところで、何か気を付けていたところはあったのですか?
- んー前からナムコらしさって何?ってよく訊かれたんですけど、人それぞれ開発者で個性が違うので、哲学は無いんですよ。
ただ、共通しているのは、手を抜かない。
1ビット(※注26)のデータを決めるのにも手を抜かない。だから、徹底的に試す。あるいは、自分でシミュレーションする。だから最後の最後まで手抜かないですよ。手を抜かないってのは作り手本位じゃなくて、お客さんにどう遊ばせるか、どう遊ぶんだっていうことを想像してやっていくので、多分バランスがいいんだと思います。
- ― 常にお客さんの方を見てというのは、簡単そうでなかなかできないことですね。
- まああと楽だったのは、他社さんがやらないことをやればよかったんで。
「インベーダー」が出た後、皆さんそっち行ったんですよね。うちも「ギャラガ」と「ボスコミアン」やったんだけど、一方でね「ラリーX」、あと「ディグダグ」とかやってたんですよ。
だから他さんがやらない事やっとけば、そこにマーケットはあるし。二番煎じ作っても面白くないって。
次の世代へのメッセージ
- ― 「ギャプラス」(※注27)以降は別の方が作られているんですね?
- 横山 「ギャプラス」は、中谷(※注28)っていう後輩のデビュー作。
「ディグダグ」まで終わった後は「ポールポジション」や「ゼビウス」になるじゃないですか。その頃はもう、後輩が作ってるのを全部私が見るという感じになっていた。
- ― では、1番企画に深く関わっていたという点では、「ギャラガ」が1番だったと?
- 横山 かな。1番最初に「キューティーQ」(※注29)っていうゲーム作ったんですよ。あれがデビュー作。
- ― 「キューティーQ」も、色んなルールが入っていて面白いゲームですね。
- 横山 あれは単純に「ジービー」の次に「ボムビー」(※注30)を作った後、もう1本何か作ろうってことになって。
それで、沢野さんが「ギャラクシアン」、岩谷さんが「パックマン」、私が「キューティーQ」を作った。
- ― 「キューティーQ」は「パックマン」の発売より前ですよね。だから、ナムコ初のキャラクターゲームですよね、多分。
- 横山 うん、前。「ギャラクシアン」とほぼ一緒。お化けのデザインとかは岩谷さんが描いたんですよ。
- ― 今の若いゲーム制作者に向けてのメッセージはありますか?
- 横山 うーん難しい(笑)。
この前、とある幹部クラスの合宿の時に自己紹介した時にも今と似たようなこと言ったのよ。我々ってこういうタイトルをほぼプログラマーの小川さんと2人で作れた。だから隅から隅まで全部知ってるし、全体を分かって作れたんだけど、今は規模が大きくなってできなくなっちゃってる。だから、そういう経験が少しでもできる機会が出てくればいいな。
プログラマーにしても、企画の人にしても、デザイナーにしてもサウンドの人にしても、それぞれの分野でプロになるという選択もあるけど、でも、本来ゲームクリエイターっていうのはこういうゲーム作りたいっていうのがあって、全体を分かった上で、デザインをしたり、プログラムを作ったり、作曲したり、仕様を切ったりした方が絶対成長すると思うんで。
だから、何とかそんな機会が作れればいいかな。まあ、これからどうなるか分からないけど、そういう環境にできないかなっていうのは考えてますね。
人々に愛され続けたギャラガ
- ― 「ギャラガ」がロングヒットした理由について、横山さんご自身はどうお考えですか?
- 横山 難易度のバランスとか、あるいは飽きさせない仕組みとか、その辺が基本的に長く楽しんでもらえる仕様になっていたからだと思うんですよ。
あと、ゲーム性単純なんだよね。インストラクションカード(※注31)に弾を撃つっていう説明が要らないくらいなので、その辺もあったんじゃないかと。
- ― 難易度の調整には時間を掛けられたのですか?
- 横山 作ってる当時って大したボリュームのゲームじゃないので、バランス調整をずっとやってるから。
ただ、パラメータ1個決めるのに、何回もコレを1にするか2にするか色んなパターンを試してた。
- ― それで誰にでも楽しめる難易度に調整されていったんですね。
- 横山 ロケテストする前に社員の色んな人にやってもらうわけじゃないですか。当時、女性もいたし、オレの同期とかでプロみたいなヤツもいるし、やっぱりやり方全然違うんですよ。
ただ「ギャラクシアン」っていうのはわりとストイックなゲームだったのに対して、「ギャラガ」は連射ができるので、単純にあんまりゲームやらない女性でもそれストレス発散になるんですね。
何かそれでいいかなって。だから最初の方っていうのは、極力デュアルシップができ易いようにバランスは組んでる。
- ― 30周年を迎えて、今なお多くの人たちに遊ばれている「ギャラガ」について、今どう感じていますか?
- 横山 「パックマン」と違って、もう私からは離れちゃってるので。
まだ、とはいっても、ナムコミュージアム(※注32)とかに入って遊んでくれてる方もいるし、「ギャラガレギオンズ」(※注33)になったりね、このブランドが通ってるのはやっぱり嬉しい。
- ― 海外でも広く知られていますよね。
- 横山 特にね、私が1番嬉しかったのは、アメリカにみんなで出張に行った時に、現地のバスガイドさんが、ナムコのことを知ってたんで、「ギャラガ」を私が作ったんだよって話になったら、もの凄く感激してて、あーこれだけこのゲーム有名なんだって。バスガイドのおばさんに(笑)
- ― アメリカには、まだ置いてあって遊べる場所がたくさんあります。それだけ中身が素晴らしかったんですね。
- 横山 まあそれはやっぱり嬉しいですよ。
ただ、よく監修してくれって色々聞いてくるんだけど、お前らに任すって、オレはあんまりうるさくないから別に、キャラクターものじゃないので。
「パックマン」の場合は、キャラクターだから大事にしなきゃいけないけど。
コレ(「ギャラガ」)の場合はね、飛行機と、エイリアンというか蛾、虫みたいなコレを別にどう料理されても文句言うこと無いのに(笑)
- ― 最後にもう1つだけお聞きしたいのですが、「ギャラガ」が当時のボードでも、制約のようなものはあったと思うのですけど、もっと性能があったら、もっとしたかった事とか、できなかったことは何かありますか?
- 横山 このゲームには無いです。
- ― 横山さんの中でやりたい事は全部やったと。
- 横山 このゲームはこれが完成形ですよ。「パックマン」もそうだと思うんですよ。
- 横山 そう答えられるのは、とても素晴らしいことだと思います。必要なものだけを入れて、不要なものを削ぎ落した美しさみたいなものが、「ギャラガ」にも「パックマン」にもありますね。今日はありがとうございました。
- PROFILE
- 横山 茂(よこやま しげる)
※インタビュー本文に記載されている「ナムコ」とは、現在の「バンダイナムコエンターテインメント」のことです。
インタビュアー:おにたま(ツェナワークス):川野忠仁(ツェナワークス)
photo by IKEDA MASANORI
- ※21 岩谷さん
- 当時、ナムコ社員でパックマンを製作した岩谷徹氏(現東京工芸大学,芸術学部ゲーム学科教授)のこと。
パックマンの生みの親として、日本はもとより海外でも著名なゲームデザイナー。 - ※22 ロケテスト
- ロケーションテストのこと。発売前のアーケードゲームを実際にゲームセンターに設置して、一般プレイヤーの反応を見るという開発工程の1つ。
- ※23 インカム
- アーケードゲームの売り上げ(お客が入れた金額)のこと。
- ※24 オペレーター
- アーケードゲームを実際にゲームセンターなどに販売する業者のこと。
- ※25 アタリ
- 米アタリ社のこと。「ポン」や「ブロック崩し」などビデオゲームの初期に多くのヒット作を生み出し、業界の基礎を築いた。
- ※26 1ビット
- コンピューターのデータを表す単位。1ビットは、2進数で0か1かを示す最小単位。
- ※27 ギャプラス
- ナムコが1984年に発表したアーケードビデオゲーム。
ギャラガに続くスペースシューティングで、パワーアップ要素や隠しアイテムなどが数多く盛り込まれた。 - ※28 中谷っていう後輩
- 当時、ナムコで業務用ビデオゲームを開発していた中谷始氏(現バンダイナムコスタジオ代表取締役社長)のこと。
- ※29 キューティーQ
- ナムコが1979年に発表したアーケードビデオゲーム。
ジービーの続編、ボムビーに続くパドルゲーム第三弾として作られた。パックマンの岩谷徹氏がデザインを担当。 - ※30 ボムビー
- ジービーの続編としてナムコが1979年に発表したアーケードビデオゲーム。
ジービーが白黒画面だったのに対して、カラー画面になり、さらに遊びやすくなっている。 - ※31 インストラクションカード
- アーケードゲームで、遊び方を説明するためのカード。
テーブル筐体の場合は、天板部分に貼りつけられている。 - ※32 ナムコミュージアム
- 昔のナムコのアーケードゲームを家庭用ゲーム機で遊ぶことのできるゲームソフト。
「ギャラガ」「パックマン」を始めとする名作を楽しめる。 - ※33 ギャラガレギオンズ
- ギャラガをベースに大幅なアレンジを施し登場したスペースシューティングゲーム。
Xbox360のLiveArcadeでダウンロード販売されている。ギャラガの魅力を残しながら、最新のハードにより爽快なゲームプレイを楽しむことができる。